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出初式

今日は佐賀市の諸富町で出初式がありました。
毎年旧市内ですが、初の試みだと思います。各地でやる事も良いことです。

東北大震災で十分に証明されましたが、地域消防団の皆さんの活躍は素晴らしいものが
有りました。
皆さんのおかげで、安心して眠ることが出来ます。本当にありがとうございます。

 

その後お昼からの、地元上西の新年挨拶会までに少々時間があったので
美術館で開催されている、山岡鉄舟展を見て来ました。

山岡鉄舟、名前は知っていましたが、佐賀と関係があるとは行って見て始めて知りました。

また、身長6尺2寸 ( 188cm ) 体重28貫 ( 105kg ) の凄い体躯の持主です。
間違いなくその体格でまわりを威圧し、存在感もずば抜けていたのでしょうね。

しかし、性格は実直で私欲が無く、西郷隆盛も勝海舟も一目置く存在だったそうです。

この時代、所謂、激動の幕末・明治を駆け抜けた人は若い時に既にその才能を発揮して、
大きな仕事をしてるんですね。 そして概ね早くして天寿を全うしてます。

33歳 ( 慶応4・1868 )の時、戊辰戦争で西郷隆盛と交渉し、
その後の勝海舟と西郷隆盛との江戸城無血開城につながる功績を残してます。

36歳 ( 明治4・1871 )の時、伊万里県権令 ( 今の知事に相当 )に就任。12月27日。

37歳 ( 明治5・1872 )の時、明治天皇の侍従となります。

53歳 ( 明治21・1888 )の時、胃がんで死去。7月19日。

勝海舟とも親交が深く、伊万里県権令は勝海舟の推薦だったとの事。

剣・禅・書の達人で、美術館には鉄舟の見事な力強い書が掲げて有りました。

1月15日までだそうです。是非一度、足を運んで見られたら如何ですか。

 

夜は地元消防団の方々と、自治会長、地元議員との懇談会。

消防団の元祖 ( 発祥 )は、佐賀の相知出身の幡隨院長兵衛が
江戸時代に作った火消し組と言われてます。

消防団の皆さんに感謝を込めて、労をねぎらいました。
今後とも、地元の安全・安心のためご苦労頂きますが、宜しくお願い致します。

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